koco

子どもの頃に感じた「?」からはじまり、子どもの気持ち、親との関係、社会との関係、働くということなどに関心を持ち続けてきました。
どんなアプローチが人の心を暖めることができるのか。そんなことを考えながら、なにげない日常の小さな幸せを積み重ねています。

記事一覧(7)

20周年記念の集い

2017年9月16日(土)リビングバー京都さんにて大原社労士事務所〜開業20周年記念の集い〜をささやかに開催させていただきました。「そんなに大したことしてこなかったし…」とはじめは気のりしなかった父も準備が進むにつれてだんだんと気持ちの整理ができたようで。開催当日には、「こうやって、改めてお客様や支えてくださった方々、元職員や社労士開業塾の元塾生さん、現職員、そして家族に、ちゃんと感謝の気持ちを伝えるのは大事なことやなぁ。」と、すごく清々しい穏やかな気持ちになったようです。準備の時から、我が家と職員さんご近所の野村さんの子ども達6人が走り回り、すごくアットホームな雰囲気でのお出迎えになりました。そして、1番熱のこもった企画になったのが、お客様紹介。ご来場いただいた方、お一人お一人のご紹介をエピソードも交えながら、大原が熱く語りました。改めて見渡してみると、いろいろな業界でお役目を引き受けておられる方が多く、また、取引先を含めての忘年会や社員旅行など、毎年続けておられるところが多いことに気づきます。創業40年50年60年、2代3代と、後継者が引き継いでこられた企業は、ちゃんと徳を積んでおられるのだと改めて実感する機会になりました。そして、クラシック好きの大原が、みなさまに生演奏を聴いていただきたいと企画して、京都フィルハーモニーの若手お二人がバイオリンとチェロのミニコンサートをしてくださいました。・アイネクライネナハトムジーク・真田丸のテーマ・地上の星・チャルダッシュアンコール〜蘇州夜曲〜技術はびっくり、アレンジもすてきで、曲紹介もさすがでした。4歳から70代までアットホームな町家のお店で美味しい京都の食材をつかったお料理きれいなお花に囲まれて感謝感謝の時間を過ごさせていただきました子ども達が大人になったときこの光景が心の根っこに育っていますように〜お料理はこんなメニューでした〜・和風ローストビーフ・朝トレトマトのおひたし・鯛のカルパッチョ和野菜添え・レモンドレッシングの旬野菜サラダ・海老とホタテの中華風うま煮・賀茂茄子の田楽・奥丹波鶏と九条ネギの塩胡椒炒め・旬野菜とシーフードのパエリア・ほうじ茶アイス元職員のみなさまからのプレゼント♪ありがとうございました ^ ^ ↓

一つの時代

昨年末、96歳の義祖父との別れがあり、その人生に思いを巡らせていた。第一印象は、日本昔話に出てくるような優しいおじいちゃん。おばあちゃんも同じだった。お正月には必ず村の集まりに出かけていくような、人とのつながりを重んじる小さな村の人だった。戦時中満州にいたという実祖父母との共通点もあり、ほとんど記憶にないほど早くに亡くなった祖父に代わって、本当の祖父のように慕っていた。80代後半「戦争体験を語る」という講演を依頼された頃から、少しずつそういう話をされるようになった。同じ村の若者たちは、必死で勉強して兵隊になった。夜はロウソクの灯りで必死に勉強した。体力もあり頭のいい若者は飛行機乗りになった。でも飛行機乗りになった者は皆帰らぬ人となった。戦後は上官がB級戦犯とされた。南の方から帰ってきた人からは、人を食べたと聞いた。語られる言葉は事実のみ。そこに自分の価値観や解釈を挟まれることはなかった。皆、生きるために必死だったのだと感じた。生きるも死ぬも紙一重だったのかもしれない。ちょうどその頃「永遠の0」を読んでいた。こういう話を直接経験した人から聞けるのはもう残りわずかな機会かもしれないと思った。昨年、一緒に過ごす最期の時となったお盆。おじいちゃんの家を出発した翌日、ミヤマクワガタがおじいちゃんのお茶碗に飛んできた。クワガタが来たよと電話をもらって、もう一度引き返した。あれは、神様のお導きだったのかもしれないと思う。一つの時代を生きた人の歴史。伝えたかったこと、言葉にならなかった思いも大切にしたいと思う。

人生なんでも経験よ

大学を卒業する時、ゼミの先生から贈ってもらったコトバ。「結婚も離婚も出産も、人生何でも経験よ」当時はどれも想像できなかったけれど、色々と経験した。就職、転職、妊娠、出産、産休、育休、保活、子育て、夫の単身赴任、3世代同居。どれもすんなりといった訳ではないけれど、なんでも経験。やってみたら、なんとかなる。経験したから、分かることがある。うまくいかずに悩んだからこそ、人の痛みもわかる。新しいことに挑戦するということは、既存の枠組みを一度外して考えるということ。既存の枠組みは、大きな失敗をしないための知恵。その目的は、もともとみんなが幸せになることだった。もし、既存の枠組みで幸せになれないなら、新しい枠組みを考えればいい。みんなが幸せになるという目的が同じなら、その方法は1つだけではなく、いくらでもある。実家のご両親の入院でお世話が必要になり、妻子と暮らすより実家で暮らすことを選択した人と話したときのこと。「それが、家族にとって1番幸せな方法なんですよね。よくがんばっておられますね。親御さんも嬉しいでしょうね。」と話したら、「そんな風に肯定してもらえたのは初めてです。いつも、何でみんな一緒に暮らさないのかと非難されて肩身が狭かった。そう言ってもらえただけでも、今日お話できてよかったです。」と言われました。みんなの幸せを考えて一生懸命今を生きている人たちが、非難されて罪悪感を抱えなくて済むように。その人が選択した幸せの形を応援したい。

パワースポット

だいぶ前に読んだ記事で、宮沢りえさんが言っていた。「子どもが家にいるだけで、パワースポットになる」本当にその通りだと思う。子どもが笑うだけで、家族が笑顔になる。遊んでいる姿を眺めるだけで、元気が出る。デイサービスのお迎えが来ても行かないと言っていた96歳のおばあちゃん。子どもたちが遊んでいる声を聞いて「あら〜、今日は小さい人たちも来るの〜?」と笑顔になって送迎車に乗り込んだ。電車で子連れの親子がいると、必ず近くの誰かが子どもに微笑みかけたり、「かわいいね〜」と声をかける。子どもは人と人をつなぐ力を持っている。誰かの心をほぐしたり、暖かくする力を持っている。パワースポットってなんだろう?と考えてみた。大自然、神社、お寺、、、Wikipediaには「パワースポットは大地の力(気)がみなぎる場所と考えればよい」という考えが書かれていた。私は「生きる力」が湧いてくる。ということなんじゃないかと思う。そして、生きる力は「生きもの」からもらっている。だから、エネルギーのかたまりのような子どもたちからもらうパワーはすごい。大自然を感じる。新鮮な食べものをいただく。生きてきた人の歴史にふれる。身近なところでもらういろんなエネルギーを素直に感じることができれば、いつでもどこでもパワースポットなんだと思う。

はじめの一歩

子どもも大人もおじいちゃんおばあちゃんも自然も。みんなが幸せな社会をつくりたい。自然に感謝し、人に感謝する。そんな気持ちが人から人へ広がり、未来へつながっていくといいなと思う。お寺の保育園とキリスト教の保育園で育ち、神社のお祭りや地蔵盆、お墓参りや法事など、子どもの頃から宗教や哲学に自然になじみ、地域のいろいろな大人に囲まれて育った。農家をしている田舎から毎年甘いみかんが届いたり、幼なじみのおばあちゃんの畑で毎年春にはさつまいもの苗植え・いちご狩り・BBQ、秋は芋掘り・柿の実やキウイの収穫・地鶏のすき焼きをいただく。自然の恵みと、食物を育ててくれる人への感謝が自然と芽生えた。同居していた祖父母は明治・大正・昭和と生き抜いてきた人たちで、祖母にいたっては平成まで100年生きた。目の前にいる人が実際に生きてきた時代として、歴史は迫ってくる。戦後、住む場所がなく6畳1間に家族6人が暮らした時代。祖父が紙芝居で得た小銭を数えるのが子どもたちの仕事だった。昔よく聞かされたそんな風景が、心の根っこにある。もともと、歴史や物語が好きだった。緑や川や空の移り変わり花鳥風月など自然に感じ入ることも多かった。まわりの環境や出逢った人に多くの学びを得てきたと思う。「自分が学んだことを独り占めしたらあかん、みんなで共有しないと」最近そう言われて、ドキッとした。自分だけわかったような気になっていてはいけない。素直に自分が良いと思うことを言葉にしていくことが大事なのだと改めて気づく。喜怒哀楽、あらゆる出来事と感情。それをどう「受け取り直す」のか?それが、みんなが幸せな社会へのはじめの一歩なんだと思う。